病気について

甲状腺と妊娠・不妊治療

橋本病の女性の妊娠について

橋本病であっても正しく管理することにより、健康な女性とかわりなく、妊娠、出産ができます。橋本病の方の妊娠について知っておいていただきたいことをまとめました。

明らかな不妊の原因にはならないが、流産、早産がわずかに多いので注意が必要

橋本病であっても、甲状腺機能が正常であれば明らかな不妊の原因にはなりません。しかし、一般の妊婦に比べて流産や早産がわずかに多いとの報告があります。それは、橋本病の方は妊娠前に甲状腺機能が正常であっても、妊娠経過中に甲状腺機能が低下しやすいことがひとつの原因ではないかと考えられています。妊娠中に甲状腺機能低下の傾向があれば甲状腺ホルモン剤の服用を開始して流産、早産のリスクを回避します。

母体からの甲状腺ホルモンは胎児の発達に大切な働きをしている

妊娠初期は、胎児はまだ自分で甲状腺ホルモンを作ることができないため、母体からの甲状腺ホルモンをもらって成長しています。そして、母体からの甲状腺ホルモンは胎児の発達に大切な働きをしており、妊娠初期に甲状腺機能低下症の状態にあると、子どもの発達に影響するとの報告があります。

妊娠に備えて

  1. 甲状腺機能正常の方(妊娠可能年齢の女性のTSH正常範囲の上限は3.5と厳しく設定しています)
  2. 妊娠すると甲状腺ホルモンの必要量が増加します。妊娠していないときに甲状腺機能が正常であっても、妊娠するとその増加分をまかなえずに甲状腺機能が低下してくる場合があります。TSHが正常範囲であっても上限の3.5を時々超えることがある方は、妊娠に備えてあらかじめ甲状腺ホルモン剤の服用を始めておくとより安心です。
  3. 潜在性甲状腺機能低下症の方
  4. 甲状腺ホルモン剤を服用せずに経過観察をしている潜在性甲状腺機能低下症の方は、近い時期の妊娠を計画した時点で甲状腺ホルモン剤の投与を開始しますので申し出てください。すでに甲状腺ホルモン剤を服用している方はTSHを2.5以下の低めの値にしておくとより安心です。
  5. 甲状腺機能低下症のために甲状腺ホルモン剤を服用している方
  6. 甲状腺ホルモン剤を服用して甲状腺機能を正常に維持することは妊娠計画の有無に関わらず大事ですが、近い時期の妊娠を考えている方はTSHを2.5以下の低めの値にしておくとより安心です。

妊娠したことが分かったら

甲状腺ホルモン剤を服用している方も、そうでない方も妊娠が分かったら早期に受診して甲状腺機能の確認を受けてください。妊娠すると甲状腺ホルモンの必要量は30%程度増加するので、妊娠前から甲状腺ホルモン剤を服用している場合も服用量が適切かどうかの確認が必要です。甲状腺ホルモン剤を服用している方で、すぐに受診ができない場合は週のうち2日だけ通常の2倍の量を服用してください。そうすることで服用量を30%増やした時と同等の量になります。
妊娠中は非妊娠時と異なる甲状腺機能の目標値が設定されており、妊娠初期ではTSH 2.5~3.0μU/mL以下、妊娠中・後期ではTSH 3.0~3.5μU/mL以下に維持することが推奨されています。
(注:TSHの基準値は施設ごとに異なります。上記の値は当院での設定値です)

甲状腺機能低下症と妊娠

甲状腺機能低下症であっても甲状腺機能を正しく管理することにより、健康な女性とかわりなく妊娠、出産できます。妊娠希望女性の甲状腺機能管理について解説します。

甲状腺機能の判定

甲状腺機能はFT4とTSHの組み合わせで判定します。岡本甲状腺クリニックのTSHの正常範囲は0.4~4μU/mLですが、妊娠可能年齢の女性に限定すると0.4~3.5μU/mLとなります。さらに、正常範囲の人の約80%は0.4~2.5μU/mLの値です。FT4と併せての判定は次の表ようになります。 甲状腺機能低下の判定 ここで測定値を見るときの注意点があります。FT4、TSHを測定するための検査薬は複数の企業が製造しています。検査薬が異なると測定結果は一致せず、正常範囲も異なります。同じ血液を同時に測定してもAメーカーを採用している病院のTSHは2.4、Bメーカーを採用している病院のTSHは3.4というように1程度異なるのはふつうのことです。この表は岡本甲状腺クリニックの検査薬で測定した場合の判定です。

甲状腺ホルモン剤服用が必要かどうか

当院のこれまでの診療データ、国内外の研究報告、米国甲状腺学会のガイドライン等を総合して、妊娠希望女性の治療については次のような目安を設けています。
A. FT4低値、TSH 3.5以上の低下症 → 甲状腺ホルモン剤服用
B. FT4正常範囲内の甲状腺機能正常~軽度の低下症の場合(注:抗体はTgAbまたはTPOAb)
  • 自然妊娠による妊娠を計画している女性
    1. 抗体(-) TSH 3.5未満 → 治療不要
    2. 抗体(-) TSH 3.5以上 → 経過観察または甲状腺ホルモン剤服用
    3. 抗体(+) TSH 3.5未満 → 経過観察
    4. 抗体(+) TSH 3.5以上 → 甲状腺ホルモン剤服用
  • 体外受精、顕微授精の段階の女性、またはその予定の女性
    1. 抗体(-) TSH 2.5以下 → 治療不要
    2. 抗体(-) TSH 2.5より大~3.5未満 → 経過観察
    3. 抗体(-) TSH 3.5以上 → 甲状腺ホルモン剤服用
    4. 抗体(+) TSH 2.5以下 → 経過観察
    5. 抗体(+) TSH 2.5より大 → 甲状腺ホルモン剤服用
  • タイミング法、人工授精の段階の女性
  • 自然妊娠と同じ方針または、体外受精・顕微授精の段階に準じた方針のいずれか
実際には受診された方一人ひとりの病状や通院されている不妊クリニックの方針も考慮して、担当医とご本人との間で相談して最終的な方針を決めます。甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS錠)を服用する場合は、TSH 2.5μU/mL以下になるように服薬量を調整します。

妊娠成立時の対応

妊娠7週頃から甲状腺機能に対する妊娠の影響が現れます。妊娠反応陽性になったときは、妊娠7~8週の時期に甲状腺機能の再検査を行いますので受診してください。すでにその時期が過ぎている場合はできるだけ早く受診してください。妊娠中の岡本甲状腺クリニックにおけるTSH正常範囲は次のとおりです。
  • 妊娠6週まで → 妊娠前と同じ
  • 妊娠7~14週 → 3.0未満
  • 妊娠15週~ → 3.0~3.5未満

メルカゾール、プロパジール服薬中の妊娠

バセドウ病は自己免疫により甲状腺を刺激する抗体(TRAb)が作られ、その抗体が甲状腺を刺激するために甲状腺ホルモンの分泌が過剰になる病気です。TRAbは胎盤を通過するため胎児の甲状腺もこの抗体によって刺激されます。この時、母体が抗甲状腺薬を服用していると、抗甲状腺薬も胎盤を通過して胎児に受け渡され、胎児が甲状腺機能亢進症にならないように作用します。つまり、母体に対する抗甲状腺薬治療は胎児も守ってくれているのです。

抗甲状腺薬による奇形について

妊娠初期(妊娠4週0日~15週6日)の妊婦がメルカゾールを服用すると、子どもに臍腸管遺残(さいちょうかんいざん)、臍帯(さいたい)ヘルニアという臍(へそ)に関連した奇形や、頭の皮膚の一部分がない頭皮欠損などがまれに発生します。2012年の調査ではその頻度は約2%でした。なお、16週以降の服用は問題ありません。また、妊婦の夫がメルカゾールを服用しても影響ありません。一方、プロパジール、チウラジールの場合はこれらの奇形はまず起こりません。以上のことから、妊娠初期はメルカゾールの服用を避けたほうが無難です。

治療方針

  • 近い将来(目安として1年以内)に妊娠を希望する女性
    1. これから治療を始める方
    2. プロパジールで治療を開始します。3か月以上経って、一定量のプロパジールで甲状腺機能が良好にコントロールされていれば妊娠可能です。
    3. メルカゾールで治療を受けている方
    4. プロパジールに変更します。変更後3か月間程度様子を見て、副作用もなくプロパジールの継続が可能で、甲状腺機能が良好にコントロールされていれば妊娠可能です。
    5. プロパジールが副作用で使用できないため、メルカゾールを服用している方
    6. 1日1錠前後またはそれ以下の服用量でコントロールできている方は、メルカゾールを定期的に休薬する方法で奇形のリスクを最小限にできます。しかし、薬の必要量が多く休薬すると病状が悪化する可能性のある場合は、奇形のリスクを理解した上でメルカゾールを続けるのか、手術またはアイソトープ治療によりメルカゾールを服用しないで済む状態にもっていくのかの判断が必要です。メルカゾールを定期的に休薬する方法ですが、月経が規則正しい方は、予想される月経開始日(妊娠4週0日前後)からメルカゾールを休薬し、月経が来ればメルカゾールを再開します。月経が来ない場合は妊娠検査を行い、妊娠していれば甲状腺機能検査を行いますので受診してください。月経周期が乱れる傾向のある方には残念ながら難しい方法です。不妊治療を受けている方は、妊娠判定日からメルカゾールを休薬し、判定陰性であれば服薬を再開してください。判定陽性の場合は受診してください。
  • 抗甲状腺薬服用中に妊娠が判明した女性
    1. プロパジール服用中に妊娠した方
    2. そのままプロパジールの服用を続けます。服薬を中断するとバセドウ病悪化の恐れがあります。甲状腺機能検査を行いますので受診してください。
    3. メルカゾール服用中に妊娠した方
    4. メルカゾールと関連する奇形のほとんどは生後の手術によって良くなるものですので、中絶はお勧めしません。妊娠の判明が妊娠16週以降であれば、そのままメルカゾールを継続します。それ以前の妊娠週数の場合は、プロパジールに変更します。プロパジールが使用できない場合は、可能であればメルカゾールをいったん休薬し、必要に応じてヨード剤を服用します。